レタントンローヤル館にお出で頂き有難うございます。本日は「ブレードランナー2049」を紹介いたします。
1982年に公開されたリドリー・スコット監督作品「ブレードランナー」の35年を経て制作された続編になります。私は、前作も今作もリアルタイムで鑑賞出来て大変うれしく思っています。私個人で感じていることですが、これらの作品は全体映画に分類されるものと思っています。
全体映画とは、独裁国家が民衆の思想をコントロールするために作られる映画ではなく作家の思想が、その映画の中でどのシーンでも描かれ、浮かび上がってくるタイプの映画で、例えばベルイマンの一部の作品「ペルソナ」、フェリーニ「サテリコン」、タルコフスキー「鏡」、パゾリーニ「テオレマ」「豚小屋」、三島由紀夫「憂国」等の作品をリドリーは制作してみたかったのだと感じます。
ただ、彼は前述した映画監督のように作家思想性強くなく、自分の得意な分野で好き勝手に作品を制作したのだと。折しも、「エイリアン」が興行的に成功したのでスタジオ側も何も言わずに企画が通ったのでしょう。
今回のこの作品、劇場で見たときはとても長く感じましたが、自分の部屋で鑑賞すると
まるで印象が違うと感じたのは私だけでしょうか?ちょっと冗長かな感じる時もありますが、長いと感じませんでした。細かいところ、例えばロビン・ライト扮するジョシの左肩につけているIDカードのデザインなど結構細かいところまで手が入った映画だということに気が付きました。
又、前作で色々言われたこと、LAの街の大きさが感じられないとか、女レプリカントしか殺されない、スピナーのチェイスシーンが見たかった等などそういう要求はすべて満たされており、加えて新たな未来的造形、デザインを加えて、とても素晴らしい作品になっています。
ただ、Kが最後に息も絶え絶えになり、静かに目を閉じるのも良いですが、ここは前作同様スピナーに乗り込み、どこともなく飛び去ってほしいと。前作はハードボイルドの味わいがあったのですが、今回は、その辺りがちょっと薄味で、やはり前作のようにこってりと漂うエンディングを見たかったのですが、又、Kはレプリカントなので続編作成は簡単でしょう。監督は「ボーダーライン」のドゥニ・ビィルヌーブ。
本当は、今日紹介する作品は、スペイン映画「トンネルの終わり」を考えていましたが、次週に延期されましたので・・・
八点鍾