レタントンローヤル館(八重垣)にお出で頂き有難うございます。今日ご紹介する映画は「沖縄決戦」(1971)です。
東宝のエース岡本喜八監督作品ですが、70年代に入りテレビの躍進で映画産業が陰り始めた頃の作品で、当時沖縄返還という時流に合わせて持ち上がった企画と聞いていますが、内容が暗いので暗澹たる気持ちで劇場を出た記憶があります。
映画は、沖縄防衛を任とする第三十二軍司令部の描写を中心とした作品で、沖縄本島を不沈空母とすべく官民軍協力して飛行場を建設するが、本土からは航空機は来ない、加えてレイテ決戦の為、台湾から兵力を抽出したのでその穴埋めに沖縄から最精鋭の第九師団抽出となり、沖縄防衛計画を見直すなど大本営と沖縄三十二師団の苦悩、葛藤が延々と描かれます。
圧倒的兵力を持って四月一日に上陸した米軍を見て、賀谷支隊長は有名な報告をする。
「船が七分に海が三分、」
高級参謀八原(仲代達也)は、長参謀長(丹波哲郎)の意見を無視して、戦略的持久作戦を提案実行する。大本営は、米軍に対して撃って出るべしと再三意見具申。加えて、海軍は菊水作戦を実施。特攻機が沖縄沖の米艦隊を攻撃するのであるが、八原は譲らないが、
「この沖縄戦が帝国陸軍最後の戦いになる」
「八原、俺と一緒に死んでくれ」と長参謀長の懇願。最後に牛島司令官(小林桂樹)の命令で八原は折れて、五月四日の総攻撃を計画実施、敵陣地に向けて総攻撃を実施するのだが・・・
当時、この映画に対して司令部の葛藤なんかより、戦争の悲惨さをという批評が多かったと思いますが、この総攻撃迄がとてもテンポよく描かれているので、一気に見せて気持ち良い。そういう意味で大変珍しい映画になっています。
岡本作品の中では突出した作品ではありませんが、このテンポの良さは素晴らしいと思います。庵野秀明監督(シン・ゴジラ)が特にこの作品を傾倒するのも理解できます。
後半はこの総攻撃が失敗に終わり、又司令部を沖縄摩文仁に移動し、徹底抗戦、また本土からの義烈空挺隊の夜間攻撃も加わり、沖縄は地獄図の様相になる・・・
音楽は佐藤勝、その他中谷一郎、岸田森、天本英世、高橋悦史、藤原釜足、堺佐千夫等岡本組総出演の力作ですが映画の予算が少なめなので、戦場の凄惨な場面は余り迫力がありません。前述したように何か魅力を持った力作になっています。
八原博通大佐は、戦後本土に帰国します。生き残ったため酷い誹謗、中傷を受けます。でも、彼が生還し、色々と記録を残してくれたおかげて沖縄戦の全貌が後世に伝わりました。この功績は大きいと思います。
ブログ作成に際して、DVD版を鑑賞しています。 八点鍾