レタントンローヤル館(八重垣)にお出で頂き有難うございます。今日ご紹介する映画は「海の沈黙」(1949)です。
あのフィルムノワールの巨匠ジャン=ピエール・メルヴィルの長編第一作です。ヴェルコールの同名の小説の映画化です。
1941年 フランス、地方都市に一人の伯父と姪が暮らしているところに、ドイツ国防軍ヴェルナー中尉が同居するためにやって来るところから始まります。彼は音楽家で、且つフランスを尊敬しており、多分に理想主義的なところがある男です。
戦後75年の今日、鑑賞していて多分に鼻につく感じです。でも、こういう方もいらっしゃるのでしょう。彼は礼儀正しく、フランス語を流暢に話し、自分の部屋に戻る時は、丁寧にお時機をして退出する。フランスとドイツが上手く融合すれば、強い欧州が現実になると。
伯父と姪は、彼を無視し続ける。ある時、彼はパリに行き、軍隊仲間に会い、自説を説明するが、一笑に付される。君は理想主義者だ、そんな甘いことを言っていては駄目だと。フランスを這いつくばらせないと駄目だ。
ヴェルナーは幻滅して最前線に転出する。伯父と姪にさようならと言い残して。残った二人は、ドイツに対して無言の抵抗を続けるのだった。
のちに「いぬ」「フェルショー家の長男(未)」「モラン神父」「ギャング」「サムライ」「影の軍隊」「仁義」のフィルムノワールのメルヴィル監督長編第一作としてはなかなかの腕前を見せてくれます。特に後半、ヴェルナー中尉がパリに行くシーンでは、のちの「影の軍隊」とよく似たアングルが、最後の伯父、姪との別れのシーンではノワールの芳香が濃厚に漂ってきます。
映画は、ほぼ三人の登場人物、伯父の屋敷、パリのシーンととても簡素な造りで、セットも作らずに、実際の屋敷にカメラを据えて撮影しているようです。色々制約もあって大変だったと思います。撮影はアンリ・ドカエ。
彼の場合、本当はこの種の戦争、社会ドラマ撮りたかったように思いますが、中々予算獲得も大変なのでフィルムノワールを撮りながら、その主人公に自分の想いを投影させていたように思います。だから、彼の作品には特別の味わいがあるのだと、観客は感じるのです。
芸術家は処女作に始まり、処女作に戻っていくとよく言われますが、彼もその通りだったと思います。
このブログ作成にDVD版を鑑賞しています。 八点鍾
映画ははモノクローム作品です。