「クンドゥン」無常、辛苦、民族の未来を背負い、雪山の逃避行・・・

レタントンローヤル館(八重垣)にお出で頂き有難うございます。今日ご紹介する映画は「クンドゥン」(1997)です。

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IMDb

マーティン・スコセッシ監督のこの作品は、クンドゥン(法王猊下)と呼ばれたダライ・ラマ14世の誕生からインド亡命迄を描いた作品です。

 

正直に言って、この作品の前半はチベットの法王輪廻転生制度とか風俗(例えば、鳥葬)に興味がなければいささか退屈ですが、先の大戦後、中国が国共内戦を経て、チベットに触手を伸ばし始める頃から、エンジンがかかり始めます。

じわりじわりと人民解放軍がラサに進出し始め、十七か条協定をチベット政府に押し付ける。ダライ・ラマは北京に行き、毛沢東に会うが「宗教は毒だ」と言い放つ。

 

ダライ・ラマはチベットにチベットに戻ると、インド亡命という苦渋の決断をする。深夜、少数の護衛を引き連れて、ラサを離れ、インドへ向かう。険しいヒマラヤ山脈を越えるという方法で。途中、黒煙上がるラサ、ポタラ宮を眺め、立ちすくす一行。

 

この後、砂曼荼羅とダライ・ラマ一行の逃避行のモンタージュとフィリップ・グラスの音楽のコラボはこの映画の白眉と言って良いと思います。

 

一行は雨の中、険しい山道をただただ辛苦、無常の民族の未来を背負い、私の行いは正しかったのかと反芻しながら前進していたことだろう。

人民解放軍の追跡を逃れ、インド国境の手前、同行してくれたチベット人護衛がチベットに戻る時、ダライ・ラマは彼らの未来を一瞬垣間見る。その時、ダライ・ラマは預言者であり、御仏になった。

 

インド国境警備兵に「あなたは御仏ですか?」と尋ねられても、

彼は「私のただの男、一介の僧侶だ」と謙虚に答えるのみ。ダライ・ラマは、ヒマラヤ山脈を望遠鏡で静かに眺めるだけである。

 

同じようなテーマを扱った「セブン・イヤーズ・イン・チベット」よりこちらの方が私は好きだ。

 

このブログ作成にDVD版を鑑賞しています。      八点鍾

 

追記

私事ですが、今週、一年前に他界した母の一周忌を行いました。僧侶があげるお経を聞いていたら、この映画の素晴しいモンタージュとフィリップ・グラスの音楽を思い出しました。

 

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