「栄光への5000キロ」 褐色の大地に、DATSUN L型エンジンの咆哮が・・・

レタントンローヤル館(八重垣)にお出で頂き有難うございます。今日ご紹介する映画は「栄光への5000キロ」(1969)です。

 

少し前「フォード対フェラーリ」という映画が公開されました。1966年のお話です。当時、日本で話題になっていたことの一つが、米国ビックスリー(GM,フォード、クライスラー)による日本自動車市場の解放でした。映画でも少し描かれますが。

 

通産省の報告によれば、1960年には、日本の自動車産業は技術的にはほぼ欧米と同列ぐらいまで来ていると記されていたとか。欠けているのは資本力、品質、ブランド力等々。それ故、通産省を中心に業界再編成を行おうとしたのに反旗を翻したのが本田宗一郎だった。

日本自動車産業は、業界再編成とは別の道を辿り、各メーカーが自社製品の優秀性を世界に知らしめるべく活動を始めた。ホンダはF1、日産はラリーと対欧米勢に対抗するのだった。いま、日産は前社長ゴーン氏の色々な負の遺産で大変な時だが、こういう時代もあったことを認知して欲しいと思います。

 

この作品は、カーブレイク・ラリーとして有名なサファリーで勇戦奮闘するダッツン510SSSの優秀性を描いたものである。勿論、石原裕次郎率いる石原プロの娯楽映画なので、上映時間約3時間飽くことなく見せてくれる。

 

ストーリーは、ジプシードライバーで世界を放浪している五代(石原裕次郎)は、モンテカルロラリーに参戦中、アクシデントで負傷し、入院してしまう。仲間ピエールとアンナ、優子とケニア人ジュマとも別れて、退院後、優子と伍代は日本に帰り、第二回日本グランプリに出場、競合メーカーUAC(フォードと思われる)と対決する。なんとドライバーは、昔の仲間ピエールだった。優勝はUACに奪われたものの日産は二位で、その結果、五代はサファリラリーに出場することになる。又、相手はUACに雇われたピエールだった。が、不運なことにスタート順の抽選会の結果、ピエールは3番、五代は90番となってしまった・・・

 

映画は、かなり冗長な部分も(例えばアラン・キュニーのパート、本筋にほとんど関係ないので)、ありますが大変良く出来ています。かなりフィルムを回しただろうと思うのがサファリーシーンで、現代の目で見ても素晴らしいショットがたくさんあります(撮影は金宇満司氏)。

ダッツン510SSSがサファリの大地の砂塵を巻き上げて疾走するシーンは、豪快だし美しいと思います。L型SOHCエンジンの咆哮は時に激しく、但し少し重いのが残念です。ライバル車はルノ・アルピーヌA110、フォード・エスコート、ランチァ・フルビア等。

 

三船敏郎、仲代達也、伊丹十三、浅丘ルリ子、ジャン=クロード・ドルオー、エマニュエル・リヴァと配役も国際的で、裕次郎はいつもの裕次郎ですが、でも、このドライバー役はとても自然に見えました。特によかったのはアンナを演じたエマニュエル・リヴァで本当に自然体で。監督は「南極物語」の蔵原惟義。

 

このブログ作成にBD版を鑑賞しています。           八点鍾

 

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これがフォード・エスコート 映画ではUAC エスコート


追記 昨年「ワンス・アポン・・・」のプロモーションで来日したタランティーノ監督がこの作品のBD、DVD(英語字幕付)を捜していたと聞きました。ということは、次の作品は、1984~1986頃WRC Gr.Bの一番ラリーが面白かった時の映画なのでしょうか・・・